
| 8世紀頃 | 日本にお茶(緑茶)が伝わる。 | |
| 10〜13世紀 | 宋の時代の中国で紅茶の原型が作られる。 | |
| 1610年頃 | オランダ東インド会社が中国茶(武夷茶)あるいは日本茶をヨーロッパに初めて伝える。 | |
| 1662年 | イギリス国王のチャールズ2世とポルトガル王女のキャサリン・ブラガンザが結婚。 イギリスの宮廷・貴族社会に喫茶の習慣を広める。 | |
| 1689年 | イギリスが中国福建省アモイからお茶の直輸入を開始。 | |
| 1730年代 | イギリスにティーハウスが登場。 | |
| 1773年 | 当時イギリスの植民地であったアメリカ、ボストンにて、本国の植民地政策(茶税)への反対者がイギリス船に積んであった紅茶を港に投げ捨てる「ボストン・ティー・パーティー事件」が起きる。アメリカ独立戦争へのきっかけに。 | |
| 1791年 |
伊勢の国(現在の三重県)の大黒屋光太夫が漂着先のロシアで女帝エカテリーナ2世に接見。茶会に招かれたと考えられている。 この事から日本紅茶協会は11月1日を「紅茶の日」と定めている。 | |
| 1823年 | イギリス東インド会社のブルース氏が、インドのアッサム地方で中国種と異なる種類の野生の茶樹(アッサム種)を発見。 | |
| 1830年 | イギリスのジャクソン社がアールグレイの生産を開始。 | |
| 1834年 | 当時イギリスの植民地のインドでお茶の栽培開始。 | |
| 1861年 | インド、カルカッタでティーオークションが開始。 | |
| 1840年 | お茶の大量輸入により対中国の貿易赤字を解消する為にイギリスはインドのアヘンを中国に輸出。これに対して清政府がアヘンを取り締まった事からアヘン戦争勃発。 イギリスの勝利により中国からのお茶の輸入は更に増大。 | |
| 1840年代 | 第7代ベッドフォード公爵夫人アンナ・マリアによりアフタヌーン・ティーの風習が始まる。 | |
| 1841年 | ダージリン地方でキャンベル氏によりお茶の栽培が開始。 | |
| 1867年 | 高速帆船(ティークリッパー)による喜望峰周りでの新茶の輸送が盛んになる。 | |
| 1869年 | セイロン島(現在のスリランカ)でお茶の大規模栽培開始。完全発酵茶の製法の確立と共に紅茶の大量生産が始まる。 | |
| 1887年 | スエズ運河開通。ティークリッパーの時代の終焉。 | |
| 19世紀後半 | 日本で紅茶の初輸入 | |
| 1904年 | イギリス国内の紅茶の需要をインド・セイロンで賄えるようになる。 | |
| 1906年 | 米国セントルイス万博でアイスティーが登場。 | |
| 1908年 | 日本にイギリスからリプトン紅茶の輸入開始。 アメリカの紅茶商人によりティーバッグの原型が発明される。 | |
| 1971年 | 日本で紅茶の輸入自由化。日本の家庭での消費量の増大。 | |
| 現在 | イギリス人の年間一人当たりの紅茶消費量は約2.6Kgで、減少傾向にありますが、日本人は年間一人当たり約100g強で、イギリス人の約25分の1であり、緑茶やコーヒーに比べ、紅茶の消費量はまだまだ少なく、今後の拡大が期待されます。 |